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東京地方裁判所八王子支部 平成10年(ヨ)670号 決定

債権者

平田光男

債権者

小山忠秀

右両名代理人弁護士

小林克信

山西弘子

債務者

ナカミチ株式会社

右代表者代表取締役

工藤裕久

右代理人弁護士

山崎和義

熊隼人

鈴木謙

主文

一  債権者らの申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者らの負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

一  債権者らが、それぞれ債務者の従業員たる地位にあることを仮り(ママ)に定める。

二  債務者は、債権者らに対し、平成一〇年一二月五日以降本案判決確定に至るまで毎月末日限り、別紙債権目録記載の金員を仮り(ママ)に支払え。

第二事案の概要

本件は、債務者の従業員であった債権者らが、債務者から、就業規則に定める「やむを得ない業務の都合による場合」に当たるとして、業務上の都合による指名解雇(いわゆる整理解雇)の通告を受けたのに対し、整理解雇の要件を充足していないことから解雇権の濫用にあたり、かつ、不当労働行為に該当するとして、右解雇の効力を争い、債務者の従業員たる地位にあることを仮に確認し、併せて賃金の仮払いを求めた事案である。

一  申立ての理由

1  当事者

(一) 債務者は、昭和三三年四月一日、株式会社中道研究所として設立され、ホームオーディオ機器、カーオーディオ機器、情報関連機器の製造販売等を主な営業目的とし、平成一〇年一二月三一日現在、資本金二五〇億三八〇〇万円、従業員数一〇五名(正社員九七名、その他八名)の株式会社である。

(二)(1) 債権者平田光男(以下「債権者平田」という。)は、昭和二三年に出生し、都立工業高校を経て、大学理工学部物理学科を卒業した後、昭和四六年に右中道研究所に入社し、以来技術者として勤務し、平成一〇年一二月四日当時、経理部情報システム・データ管理グループに所属し、ソフトの開発、メンテナンス、機械の運用等の業務に従事していた。毎月の賃金の平均は四〇万三九九三円であり、支給日は毎月末日である。

(2) 債権者小山忠秀(以下「債権者小山」という。)は、昭和一六年に出生し、県立高校、専門学校を卒業し、船舶用通信機等の製造企業等で稼働した後、昭和四九年に右中道研究所に入社して、部品検査課、購買部、総務部資料管理係を経て、平成一〇年一二月四日当時、総務部人事課に所属し、受付業務(守衛室)に従事していた。毎月の賃金の平均は三三万一六五〇円であり、支給日は毎月末日である。

2  本件解雇

債務者は平成一〇年一二月四日、債権者らに対し、債務者の就業規則(以下「本件就業規則」という。)一五条一項三号の「やむを得ない業務の都合による場合」との規定に基づき同日付けで解雇する旨それぞれ通告し(以下「本件解雇」という。)、同月五日以降の就労を拒絶し、賃金を支払わない。

3  本件解雇は以下の理由による無効である。

(一) 整理解雇の無効

債務者は、本件解雇の理由を労務費削減のための人員整理としており、本件解雇は業務上の都合による整理解雇である。整理解雇が有効であるには、(1)人員削減措置が経営上の必要性に基づくものであること、(2)解雇回避努力義務が尽くされていること、(3)被解雇者の選定が合理的に行われていること、(4)解雇手続が妥当であることの四要件を充足することを要する。しかし、本件解雇はこれら四要件のいずれも充足しておらず、したがって、本件解雇は解雇権の濫用の場合に該当し、無効である。

(1) 整理解雇の経営上の必要性

債務者は、本件解雇前の第四〇期(平成九年一二月決算)において、ザ・グランデ・ホールディングズ・リミテッド(香港上場会社)などザ・グランデ・グループ一〇社(以下「グランデ・グループ」という。)からの経営支援により大幅な経常利益を計上しており、債務者の経営破綻の危機は解消していた。債務者は、本件解雇前に希望退職者の募集を行っていないのみならず、債権者らを解雇する一方で大幅な人員増を行い、現在でも新規採用者を募集している。また、平成九年及び平成一〇年において役員の報酬の減額が行われた形跡がない。これよりすれば、債務者には人員削減の必要性がないことは明らかである。なお、債務者の主張する平成四、五年ころの人員削減は、グランデ・グループからの支援前の施策であって、本件解雇前の経営状況との連続性を欠く状況下のものであるから、本件解雇の正当性を基礎づける要因とはならない。

(2) 解雇回避努力義務について

解雇は、企業が経営再建のためあらゆる手段を尽くした最後の手段たるべきところ、債務者は、〈1〉前記のとおり本件解雇に先立ち希望退職者の募集を行っていないほか、〈2〉労働時間の短縮、ワークシェアリングの提案、一時帰休、新規採用停止、全従業員についての均等額による賃金カット等の雇用調整手段を実施しておらず、〈3〉正社員たる債権者らを解雇する前に、派遣社員等の人員削減が検討されるべきであるのにこれを実行しておらず、〈4〉債権者平田は技術者としての知識・素養を有していることから研修等の後、他部署に配置転換することは容易であるのにこれを実行せず、〈5〉その他従業員用の駐車場の余剰部分の縮小など経費削減のため講ずべき余地があるなど、いまだ解雇回避努力を十分に尽くしていない。

(3) 被解雇者の選定の合理性について

債務者の被解雇者選定の基準は公表されておらず、曖昧で合理性に欠けるものである。債務者自身希望退職者の募集を行えば応募者を得る可能性を否定していないのに、債務者にとって必要な人材が流出することを理由に本件解雇に先立つ希望退職者の募集を実施しなかったのは、債権者らを被解雇者に選定した理由が、合理的基準に基づく選定ではなく、債務者の判断が恣意的になされたことを露呈するものである。

(4) 解雇手続の合理性について

債務者は、当初債権者らとの個別面談で退職を強要するのみであり、債権者らが全日本金属情報機器労働組合東京西部一般支部(以下「東京西部一般労組」という。)に加入した後も、解雇を前提とした抽象的な説明に終始した。

(二) 不当労働行為

債権者らは平成一〇年一一月二五日に東京西部一般労組ナカミチ分会を結成し、債権者小山が副分会長に、債権者平田が分会会計にそれぞれ選任されたところ、本件解雇はその直後に行われたものである。したがって、本件解雇は、今後の組合活動を妨害し、労働組合を弱体化させるために行われた不当労働行為であり、無効である。

4  保全の必要性

債権者平田は高齢の母と二人暮らしである。債権者小山は足が不自由であり(身体障害六級)、妻と子供との三人家族であり、子供の教育費などの負担が大きい。債権者らの家族の生活はいずれも債権者らの給与収入に大きく依存している。したがって、本案判決の確定を待っていては、債権者及びその家族らが回復し難い著しい損害を蒙るおそれがある。

5  よって、債権者らは、債務者に対し、労働契約上の地位の保全と平成一〇年一二月五日以降本案判決確定に至るまでの前記月額賃金の仮払いを求める。

二  申立ての理由に対する認否及び債務者の主張

1  申立ての理由1(一)を認める。同(二)(1)の事実中、債権者平田の従事していた業務の内容を争い、その余の事実を認める。債権者平田が従事していた業務はデータ入力、更新、転送等のオペレーション業務であり、創造性が必要とされるソフトの開発や機械の修理を伴うメンテナンスは同人の担当業務ではない。同(2)の事実を認める。

2  同2(本件解雇)の事実を認める。

3  同3(解雇の無効)を争う。

(一) 本件解雇は、以下に述べる相当な理由に基づくやむを得ないものであった。すなわち、債務者には経営状況の悪化等の人員削減の必要性についての合理的な理由があり、また、債務者は、解雇を回避するための努力を十分に尽くすとともに、適切かつ公平な人選を行い、さらには、債権者らに十分な説明をするとともに、労働組合とも団体交渉を行い、また、解雇に先立って月額給与の六か月分の加算金の上積みを提示して退職勧奨を行っており、本件解雇は、解雇権の濫用には該当しない。

(1) 人員削減の必要性について

オーディオ業界はかねて厳しい経営環境にあるところ、債務者においては、昭和六二年に青森工場の閉鎖に伴い同工場の従業員二五三名中二四二名が退職し、平成四年には債務者が一〇〇パーセント出資する子会社であるナカミチ福島株式会社(以下「ナカミチ福島」という。)の在籍者一七一名中四〇名が退職し、同年六月には債務者本社の全従業員一九七名を対象とする希望退職者募集を行った結果、五五名が退職、四名が転籍し、平成五年七月にはナカミチ福島の福島工場を閉鎖し、同社の従業員九八名中八六名が退職した。これらの合理化の実施により、子会社を含む従業員数は、平成四年二月の五一七名が、平成一〇年一二月には一七七名に、うち債務者本体の従業員数は、平成三年二月の二一二名が平成一〇年一二月には一〇五名となった。また、債務者は役員報酬総額の減額を実施し、第三七期(平成七年二月決算)の一億二五三五万五〇〇〇円が第四一期(平成一〇年一二月決算)には七〇三六万円となった。しかし、右のような経営合理化策の実施にもかかわらず、債務者は、第三五期(平成五年二月決算)から第三九期(平成九年二月決算)まで五期連続して経常損失を計上し、殊に、第三八期(平成八年二月決算)においては一一億七九四九万六〇〇〇円、第三九期においては一六億八四五五万六〇〇〇円と巨額の経常損失が生じ、一時は経営破綻の危機に見舞われた。債務者は、グランデ・グループ等から経営支援を受け、その結果第四〇期(平成九年一二月決算)においては八億四八五〇万九〇〇〇円の経常利益を計上したが、その内容は子会社からの貸付金利息の受入れ(二億七四四二万七〇〇〇円)、出資先からの配当金受付け(三億円)、償却済みの棚卸資産の有償売却等によるところが大きく、必ずしも債務者の業績が好転した結果とは言い難かったところ、第四一期(平成一〇年一二月決算)には再び三億一六一三万七〇〇〇円の経常損失を計上するに至り、更なる経営合理化の必要に迫られた。

(2) 削減対象者選定の相当性について

イ 債務者は、前項のとおり、一〇年余にわたり合理化を実施してきたが、不況業界にあって慢性的な赤字体質の中、再建の方向として音響機器の開発、製造、販売の業務を可能な限り効率的に進めることを目指し、そのため、専門技術を重視するメーカーたるべく、子会社を含めた不必要部門を閉鎖し会社再建に不可欠な専門技術や専門知識を有する者以外は削減することを合理化の方向としてきた。

債務者は、平成九年にグランデ・グループから経営支援を受けていったん破綻を回避した後、前記のとおり、平成一〇年に再び経常損失が発生する見込みとなったため、更に従業員を削減する必要に迫られ、関連会社との業務機能の整理統合や不要業務の見直しを進め、債務者本社においては購買課一名、特許課一名、総務課一名、経理部二名に対して退職勧奨を行い、債権者らを除く三名はこれに応じて退職した。右退職(債権者らは解雇)の結果、債務者は、平成一〇年一二月末日現在の正社員が九七名となり、二部上場の会社として機能するに可能な必要最小限の人員で構成されるにいたった。

ロ 債権者平田は、平成一〇年六月当時、正社員三名と派遣社員二名からなる経理部情報システム・データ管理グループに所属していたが、同グループの業務の一部を海外関連会社に移管して業務を縮小することになって、同グループの正社員一名と派遣社員一名が余剰人員となった。同グループの正社員三名のうち、債権者平田を除く他の二名がシステム設計やプログラム開発などより高度の専門知識が要求される業務に携わっていたのに対し、債権者平田は日常的な機械処理業務のみを担当していたため、債務者は、債権者平田が余剰人員に該当すると判断した。

債権者小山は、債務者本社正門横の守衛所における業務時間内の受付業務(第一受付)に専属的に従事してきたが、債務者は経費削減のため、平成一〇年七月三〇日付けをもって右業務を廃止することにした。

以上のとおり、債務者においては平成一〇年に更なる人員削減の必要が生じたことから不要業務として削減可能な部門を追求した結果、債権者らが従事していた業務が該当すると判断され、そのため債権者らが退職勧奨、さらに次項の経過を経て指名解雇の対象となったものであって、退職勧奨さらに解雇対象従業員の人選は相当である。

(3) 解雇回避努力義務について

債務者は、従前の希望退職者の募集の結果右退職勧奨者以外は削減の余地がなかったため、債権者らを含む六名に対する退職勧奨に先立つ全社的な希望退職者の募集を行っていないが、限定された範囲の従業員に対し、時に加算金の提示等の条件を付して退職に応ずることを申し入れることもまた、希望退職者の募集に当たる。

また、債務者は、新規採用やアルバイトの募集を行っているが、新規採用は、専門知識、技術及び経験を要する分野において退職者が生じた後の補充を目的とし、アルバイトは機械的作業について人件費の節約を図るためであり、いずれも債務者が高度な専門技術を持つ技術者集団として存続するに必要な措置であり、前記合理化の方針に沿うものである。債権者らは、右新規採用者に要求されている専門知識・技術を有しておらず、一方その賃金額がアルバイトの仕事内容に見合うものではなく、いずれにも債権者らをもって充てることはできなかった。

債務者は、債権者らの従事する業務を合理化の対象と選定した後も、解雇を避けるべく、それぞれの経験、能力及び費用(賃金額)に見合った適当な配属先を探したが、結局見出せなかった。債権者平田は、年来電算機業務に従事し一定の知識、経験を有しているとはいえ、債務者の中心業務である技術開発部門に要求される専門知識や経験の水準には及ばず、営業部門についても適性や能力が不足しており、青森工場への配置転換も含めて配属先を探したが、適当な配属先がなかった。債権者小山についても、取引関係にある警備業者や清掃業者等に雇用を打診するなどしたが、適当な配属先を見出せなかったことは同様である。

なお、債権者小山については、平成四年に退職勧奨を拒み、在籍を希望したため、債務者において、同債権者のために守衛業務を選んで従事させてきたという経緯がある。

以上のとおり、債務者は、従前からの合理化に加え、本件解雇にあたっても、解雇回避努力義務を尽くしてきたものである。

(4) 解雇手続の妥当性

債務者は、平成一〇年六月、債権者らを退職勧奨の対象者として選定した後、同年七月上旬までの間、債権者平田については四回、債権者小山については三回、個別に債務者の経営状況、債権者らに退職勧奨を行うに至った経緯等を説明し、さらに同年七月以降債権者らが東京西部一般労組に加入した後は、同年一〇月まで三回にわたり、右労組と団体交渉を行い、同様の説明をするとともに、右労組に対し、債権者らについての個人的評価も含めて配置転換が困難である旨説明したが、債権者ら及び右労組との交渉は決裂した。

さらに、同年一〇月二六日、債務者は債権者ら及び右労組に対し、所定の退職金に一定の加算をした金員を支払うとの条件で退職受諾を要請したが、債権者らは回答しなかった。

以上のとおり、債務者は債権者ら及び右労組に対し、本件解雇に先立ち十分な説明をし、加算金の提案もした上、本件解雇の通告をしたのであるから、前記のとおり各債権者につき配属先を探る方途を尽くしたことと併せ、本件解雇手続において妥当性に欠けるところはない。

(二) 債権者らが東京西部一般労組ナカミチ分会を結成したのは、債務者が債権者らに対して退職勧奨を行うようになってから約五か月を経過した後のことであり、債務者は、組合活動を嫌悪して債権者を解雇したのではなく、本件解雇は不当労働行為ではない。

4  同4(保全の必要性)を争う。

債権者らは雇用保険から失業手当が給付されているから、保全の必要性はない。

第三理由

一  債務者が平成一〇年一二月四日、債権者らに対し、本件就業規則一五条一項三号に基づいて本件解雇の意思表示をなし、同月五日以降債権者らの労働契約上の地位を争って、その就業を拒絶し、賃金を支払わないことは当事者間に争いがない。

二  本件申立てにおいて、債務者が本件就業規則一五条一項三号に該当する事由として主張する解雇事由は、要するに、本件解雇が、企業の経営の合理化に伴って生じた余剰人員が債権者らであるとしてなされた、いわゆる整理解雇であるということである。

そこで、まず、債務者の経営の状況と債権者らを解雇の対象者とした経緯を概観すると、本件各疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が一応認められる。

1  債務者の経営状況

(一) 債務者が所属するオーディオ業界においては、かねてから製品の低価格化傾向、急激な為替相場の変動、いわゆるバブル経済の崩壊による消費の低迷、新製品開発等に関する過度の企業間競争等により経営環境が厳しい状況にあり、債務者もこれまで次のような経営合理化策を実施してきた。

(1) 昭和六一年七月二〇日、債務者の生産拠点の一つであった青森工場を閉鎖した。これは、当時、円高が急激に進行するとともに、外国からの半製品等の輸入が増え、国内生産の割合が減少したためである。

そして、青森工場に在籍していた二五三名の従業員全員に対して、当時福島市に本社があったナカミチ福島への転籍を要請し、転籍に同意しなかった二四二名が退職した。その後、青森工場は、地元の要請により、ナカミチ福島の青森工場として発足することとなり、同年八月一〇日、操業を再開したが、当時の従業員数は二三名程度にすぎなかった。

(2) 昭和六二年五月九日、為替リスク低減や製造コスト削減を図るため、台湾中道股有限公司(資本金二億八九一六万円、以下「台湾中道」という。)を設立し、主に米国向けの音響機器及び産業機器の生産を行った。また、昭和六三年七月二日、コンピユーター関連事業における研究開発部門を分離し、将来に向けての効率的な商品開発及び基礎研究の体制を確立するため、ナカミチリサーチ株式会社(資本金二〇〇〇万円、以下「ナカミチリサーチ」という。)を発足させた。さらに、同年一〇月五日、米国のコンピユーター周辺機器メーカーであるマウンテンコンピユーター社を約六一億円(約四五〇〇万ドル)で買収した。

ところが、台湾における雇用環境の悪化や台湾ドルの米ドルに対する為替レートの上昇等により、台湾中道を経営しても生産コストの削減や為替リスクの低減を実現することが困難となったため、平成二年一〇月九日、これを解散した。

(3) 平成四年四月、ナカミチ福島が業績不振に陥ったことから、定期昇給の見送り、青森工場在籍のパートタイム労働者一三名全員の解雇とともに、ナカミチ福島の本社及び福島工場において、希望退職者の募集を実施し、従業員一七一名のうち、四〇名がこれに応じて、同年五月二九日に退職した。

(4) また、債務者本体においても、業績悪化のため、同年六月、全従業員一九七名を対象として希望退職者の募集を実施し、同年七月二〇日、五五名が退職、四名が転籍した。

なお、その際、債務者は、債権者小山に対しても退職勧奨を行ったが、同債権者の懇願により、守衛業務への配置転換を条件として、その後も引き続き雇用することとなった。

(5) 平成五年七月、ナカミチ福島の福島工場を閉鎖し、当時同工場に在籍していた従業員九八名全員に対して青森工場への転勤を命じたところ、八六名が退職し、一二名が青森工場に転勤した。

(6) この間、以下のとおり、役員報酬等のカットを実施した。

〈1〉 平成四年三月から同年九月まで (七か月間)

取締役社長 二五パーセント

専務取締役 一五パーセント

常務取締役 五パーセント

〈2〉 同年七月から同年九月まで (三か月間)

取締役 五パーセント

部長職(従業員) 三パーセント

〈3〉 平成五年六月から平成六年五月まで (一年間)

取締役社長 一〇パーセント

専務取締役 一〇パーセント

常務取締役 一〇パーセント

取締役 七パーセント

監査役 一〇パーセント

(二) 以上の合理化策の実施にもかかわらず、債務者の第三九期(平成九年二月決算)の経常損失額は一六億八四五五万六〇〇〇円となり、資産廃棄損金二八億八六七二万円、米国コンピユーター周辺機器事業会社等の関係会社整理損一八八億七三七七万三〇〇〇円、株式評価損等六億五七八九万円を加えて、二五八億〇二〇一万七〇〇〇円の当期損失を計上し、同期の当期未処理損失は二六八億七二〇二万二〇〇〇円に達し、債務者は平成八年末には破産申立ての準備をするまでに至った。

そこで、債務者は、平成九年一月、グランデ・グループに対して六四〇〇万株(三五二億円)、さらに、同年二月、取引銀行二行に対して六二六万株(三〇億九八七〇万円)の第三者割当増資をそれぞれ行った。なお、グランデ・グループからの増資資金のうち、八割強は情報関連機器事業を行う海外事業会社の株式取得に充てられ、その残りは銀行借入金の一部弁済と当面の運転資金に充てられた。

そして、子会社からの貸付金利息受入れ(二億七四四二万七〇〇〇円)、出資先からの配当金受付け(三億円)、償却済み棚卸資産の有償売却などにより、第四〇期(平成九年一二月決算)には、八億四八五〇万九〇〇〇円の経常利益を計上した。また、この間の同年一〇月、経営の効率化を図るため、子会社であるナカミチ販売株式会社(以下「ナカミチ販売」という。)及びナカミチリサーチの清算を行い、債務者の業務に繰り入れた。

(三) このようにして、債務者は経営破綻の危機を差し当たり回避したが、業績は依然として不振であり、第四一期(平成一〇年一二月決算)には再び三億一六一三万七〇〇〇円の経常損失を計上した。

そこで、債務者は、関連会社との業務機能の整理統合や不要業務の見直しなどを進めて従業員を更に削減する必要性に迫られ、平成一〇年五月には、従来の給与体系を廃止して、全従業員を対象として年俸制度を導入するとともに、同年六月、債権者らを含む五名の正社員(購買課一名、特許課一名、総務課一名、経理部二名)及び嘱託社員一名に対して退職勧奨を実施し、そのうち債権者らを除いた四名がこれに応じて退職した。また、同年七月三一日、ナカミチ福島の福島本社を全面閉鎖したが、その際、ナカミチ福島本社に在籍していた正社員一六名その他六名合計二二名の社員に対して青森工場への転勤あるいは債務者への転籍を求めたところ、うち二〇名は退職、一名は債務者に転籍、残り一名は債務者に出向した。

(四) この間の債務者の売上高、経常損益、当期純損益、社員数並びに役員数及び役員報酬総額の推移は以下のとおりである。

(1) 売上高

第三五期(平成五年二月決算)

九〇億八九八三万六〇〇〇円

第三六期(平成六年二月決算)

七六億九四一九万四〇〇〇円

第三七期(平成七年二月決算)

九〇億五〇四一万五〇〇〇円

第三八期(平成八年二月決算)

一一三億三九三六万一〇〇〇円

第三九期(平成九年二月決算)

一〇七億七〇二〇万四〇〇〇円

第四〇期(平成九年一二月決算)

九五億一一九五万七〇〇〇円

第四一期(平成一〇年一二月決算)

一〇四億八二五一万八〇〇〇円

(2) 経常損益

第三五期(平成五年二月決算)

三四八二万三〇〇〇円の損失

第三六期(平成六年二月決算)

一億〇八〇〇万二〇〇〇円の損失

第三七期(平成七年二月決算)

一億三六六五万三〇〇〇円の損失

第三八期(平成八年二月決算)

一一億七九四九万六〇〇〇円の損失

第三九期(平成九年二月決算)

一六億八四五五万六〇〇〇円の損失

第四〇期(平成九年一二月決算)

八億四八五〇万九〇〇〇円の利益

第四一期(平成一〇年一二月決算)

三億一六一三万七〇〇〇円の損失

(3) 当期純損益

第三五期(平成五年二月決算)

二億二三二四万四〇〇〇円の損失

第三六期(平成六年二月決算)

一億〇一三二万九〇〇〇円の利益

第三七期(平成七年二月決算)

五七六一万円の利益

第三八期(平成八年二月決算)

一一億八四五九万六〇〇〇円の損失

第三九期(平成九年二月決算)

二五八億〇二〇一万七〇〇〇円の損失

第四〇期(平成九年一二月決算)

一〇億八三一七万八〇〇〇円の利益

第四一期(平成一〇年一二月決算)

九二九万一〇〇〇円の利益

(4) 債務者の関連会社を含む社員数(債務者、ナカミチ販売、ナカミチリサーチ並びにナカミチ福島本社及び工場の正社員その他の総合計)

平成三年二月 四七七名

平成四年二月 五一七名

平成五年二月 三七四名

平成六年二月 二六五名

平成七年二月 二五二名

平成八年二月 二二七名

平成九年二月 二二三名

平成九年一二月 二〇二名

平成一〇年一二月 一七七名

そのうち、債務者本体の従業員数は次のとおりである。

正社員数 その他 合計

平成三年二月

二〇五名 七名 二一二名

平成四年二月

一九七名 七名 二〇四名

平成五年二月

一三四名 四名 一三八名

平成六年二月

九六名 二名 九八名

平成七年二月

九一名 三名 九四名

平成八年二月

八九名 三名 九二名

平成九年二月

九一名 二名 九三名

平成九年一二月

九九名 七名 一〇六名

平成一〇年一二月

九七名 八名 一〇五名

(5) 役員数及び役員報酬総額

第三七期(平成六年二月から平成七年二月まで)

役員数 取締役 九名(すべて常勤)

監査役 三名

役員報酬総額

一億二五三五万五〇〇〇円

第三八期(平成七年二月から平成八年二月まで)

役員数 取締役 六名(すべて常勤)

監査役 三名

役員報酬総額

一億〇四二〇万五〇〇〇円

第三九期(平成八年二月から平成九年二月まで)

役員数 取締役 六名(すべて常勤)

監査役 三名

役員報酬総額

九二七八万四〇〇〇円

第四〇期(平成九年二月から同年一二月まで)

役員数 取締役 一二名(常勤六名)

監査役 三名

役員報酬総額

七三六一万一〇〇〇円

第四一期(平成一〇年一月から同年一二月まで)

役員数 取締役 一〇名(常勤五名)

監査役 三名

役員報酬総額 七〇三六万円

2  債務者が債権者らを解雇対象者として選定した経緯

(一) 債権者平田について

(1) 債務者は、平成一〇年六月ころ、いわゆるコンピュータの二〇〇〇年問題に対応するため、基幹業務のシステムを新システムに入れ替えるとともに、同年の経常収支が再び赤字になることが見込まれたことから、関連会社との業務機能の整理統合を進めるため、債権者平田が所属していた経理部情報システム・データ管理グループの業務の一部を海外関連会社に移管して同グループを縮小することとなり、その結果、同グループに所属する三名の正社員と派遣社員二名のうち、正社員一名及び派遣社員一名が余剰人員になった。

そして、当時、同グループに所属していた正社員三名の中に債権者平田もいたのであるが、他の二名がシステム設計やプログラム開発などのより高度な専門知識が要求される業務を担当していたのに対し、債権者平田が担当していたのは日次・月次のデータ処理のオペレーション業務といった日常的な機械処理操作にすぎなかったことから、債務者は、債権者平田を余剰人員に該当すると判断した。

(2) 債務者は、債権者平田の他部門への配置転換も検討したが、債権者平田は大学理工学部の卒業であるとはいえ、これまで技術開発部門を十分に経験していないことから、同部門で要求される専門知識に欠けるところがある上、営業部門あるいは総務部門に配属することも対人交渉能力等に難点があって相当でないと判断した。さらに、債務者は債権者平田をナカミチ福島の青森工場へ転籍させることも検討したが、同工場においても業務の合理化に伴い人員削減が行われていたため、やはり、そこでも債権者平田の能力に見合った適正な業務を見つけることはできなかった。

(二) 債権者小山について

(1) 債権者小山は、平成一〇年当時、債務者本社敷地内の正門横に設けられた別棟の守衛所での受付業務(第一受付業務)に従事していたが、債務者は、経費削減のため不要業務の見直しを行った結果、右業務を同年七月三〇日付けをもって廃止することとし、債権者小山の配置転換を検討した。

(2) しかしながら、債権者小山は足が不自由であることから(両足関節機能障害第二種六級)、長時間の立ち仕事や重量物の運搬等を含む職種に配置することは困難であった上、座業である開発業務や管理業務(経理・財務・人事・特許・法務等)において要求される知識・経験を十分に有していなかった。さらに、債務者は、外部業者に委託している警備業務及び清掃業務に債権者小山を配置することも検討したが、これらの業務を債務者の正社員が担当することとなると、当該社員が有給休暇等をとった場合にはその機能が停止して支障を来すことになり、さりとて、これらの業務に複数の社員を当てるほどの余裕はなく、結局、債務者は債権者小山についても、その能力に見合う業務を見い出すことができなかった。

なお、債務者は出入りの警備業者及び清掃業者に対して債権者小山の採用を打診したが、右各業者からの回答は、いずれも、採用の枠がないとのことであった。

3  債権者らの解雇手続

(一) 以上の検討の結果、債務者は、債権者平田に対しては平成一〇年六月一九日、同月二六日、同月三〇日及び同年七月九日の四回にわたり、債権者小山に対しては同年六月三日、同月一九日及び同年七月七日の三回にわたり、それぞれ、債務者の経営状況を説明するとともに、債権者らが従事していた業務がなくなること、配置転換も困難であることを説明した上、退職勧奨を行った。

(二) これに対し、債権者らは、同年七月一一日、東京西部一般労組に加入し、自らの身分に関する交渉を右労組に依頼したことから、債務者は、同月二二日、同年九月二五日、同年一〇月二三日の三回にわたり、債権者ら各出席の上、右労組との間で団体交渉を行い、同様に債務者の経営状況及び債権者らの配置転換が困難である旨を説明し、殊に、三回目の団体交渉においては、債権者らの退席を求めた上、右労組幹部に対し、債権者小山については「身体的な障害があり、力仕事や歩き回ることはできない。座業としては経理、総務、法務、特許、人事などがあるが、英語力、業務知識、経験が必要であり、この中に適職はない。守衛所は適正な課業であったが、閉鎖になった。」旨、債権者平田については「新しいEDPシステムを構築することとなり、香港と一体となってEDP集団を形成することとなり、人員に余剰が生じた。対人関係の処理が苦手と思われるので、営業や総務部門にも配置転換できない。」旨を説明したが、結局、債務者と右労組の交渉も決裂して終わった。

(三) そこで、債務者は、同年一〇月二六日、債権者らに対し、会社都合による所定の退職金に月額給与の六か月分の加算をした金員を支払うとの条件で、同年一二月二五日付けの退職を前提とした辞表の提出を提案し、同年一一月六日までに回答してほしい旨申し入れたが、債権者らからの回答はなかった。

(四) 債務者は、前記のとおり、同年一二月四日、債権者らに対して、同日付けで解雇する旨通告した上、同月九日、一か月分の予告手当及び退職金として、債権者平田に対しては、三〇一万四六〇〇円を、債権者小山に対しては二四二万〇二六七円を、それぞれ銀行口座に振り込み送金して支払い、債権者らはいずれもこれを受領した。

三  以上の疎明事実に基づいて本件解雇の正当性の有無について検討する。

1  整理解雇の無効の主張について

現行法上、期間の定めのない雇用契約においては、使用者は、少なくとも三〇日前に解雇予告を行うか、あるいは、三〇日分以上の平均賃金を支払うときは、いつでも、労働者を解雇することができるのが原則であるが、他方、解雇が労働者及びその家族の生存に及ぼす深刻な影響に照らすと、使用者の解雇権の行使も雇用契約上の信義則に支配されるものというべきであり、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効となるものと解される。

本件解雇は、やむを得ない業務の都合による解雇、いわゆる整理解雇としてなされたのであるが、整理解雇の場合、(一)人員削減の必要性が存したか、(二)削減対象者選定は相当であったか、(三)解雇を回避するための努力が十分に尽くされたか、(四)解雇に至るまでの手続は相当であったかの要件が充足されるべきであるから、以下、各要件につき検討し、もって、本件解雇が、雇傭(ママ)契約上の信義則に照らして、解雇権の濫用に該当するか否かを判断することとする。

(一) 人員削減の必要性について

前記疎明に係る事実のとおり、オーディオ業界にあってはかねて厳しい経営状況にあるところ、債務者は、工場の閉鎖、希望退職者の実施、子会社の整理統合等経営合理化を行い、その結果、前記二1(四)のとおり、子会社を含む従業員数は平成四年一(ママ)二月の五一七名から平成一〇年一二月には一七七名に、債務者本体の従業員数は平成三年二月の二一二名から平成一〇年一二月の一〇五名にそれぞれ減少したこと、同時に役員数、役員報酬額の削減を行い、平成七年二月決算において一億二五三五万五〇〇〇円の役員報酬額(常勤取締役九名、監査役三名)が、平成一〇年一二月決算においては七〇三六万円(取締役一〇名、うち常勤五名、監査役三名)と減少していること、これらの経営合理化にもかかわらず、債務者は第三五期(平成五年二月決算)から第三九期(平成九年二月決算)まで五期連続して経常損失を計上し、一時は経営破綻の危機に瀕し、グランデ・グループ等から経営支援を受け、その結果、第四〇期(平成九年一二月決算)において八億四八五〇万九〇〇〇円の経常利益を計上したものの、その内容を子細にみると、必ずしも債務者の業績が好転した結果とは言い難く、第四一期(平成一〇年一二月決算)には再び三億一六一三万七〇〇〇円の経常損失を計上するに至り、更なる経営合理化の必要性に迫られていたことが窺われる。

長年にわたる企業の経営危機を打開し、企業の再建・存続を図るために費用節減の手段として経営者の責任において労働者を解雇することは違法とはいえず、その解雇が不合理なものでないかぎり、使用者が独自の見地からその責任において判断決定すべきであることを考えると、本件においても、右のような債務者の人員動向や経営状況に照らすと、債務者が、本件解雇の時点において、更なる経営の合理化の必要性があり、人員削減をすることが企業の合理的運営上やむを得ないものであると判断したことに違法性はないというべきである。

これに対して、債権者らは、申立ての理由3(一)(1)のとおり、整理解雇の経営上の必要性がない旨主張するが、前記疎明事実よりすれば、債務者が依然として経営危機の状況にあることが明らかである上、後記(三)のとおり、債務者の新規採用者の募集は、特別の専門知識や技術を有する者を補充するための募集あるいはコストの安いアルバイト従業員を採用したものであって、債務者における経営合理化策と矛盾するものではないと認められるから、債権者の右主張を採用することはできない。

また、債権者らは、債務者が自ら保有している保養所の処分や賃借駐車場の一部解約等の経費削減策を行っていない旨指摘するが、仮に、そのような事実が認められるとしても、人員削減の必要性についての判断は総合的になされるべきであるから、人員削減の必要性についての債務者の判断を直ちに違法と断ずることはできない。

(二) 削減対象者選定の相当性について

前記疎明事実によると、債務者の経営合理化の方針は、不況業界にあって、専門技術を有するメーカーたるべく、債務者を高い技術を持つ専門技術者からなる開発集団として再建することを目指し、そのため会社再建に不可欠な専門技術・知識を有する者以外は可能な限り削減することにあるといえるところ、債務者が債権者らを余剰人員として削減の対象としたのは、平成一〇年には再び経常損失を計上する見通しとなり、関連会社との業務機能の整理統合や不要業務の見直しなどを進めた結果、債権者平田が所属していた経理部情報システム・データ管理グループの縮小及び債権者小山が担当していた第一受付業務の廃止を決定したことによるものであり、さらに、経理部情報システム・データ管理グループに所属していた三名の正社員につき各人の能力や担当業務内容を検討し、右三名のうち、債権者平田が日次・月次のデータ処理のオペレーション業務といった日常的な機械処理操作を担当していたのに対し、他の二名はシステム設計やプログラム開発などのより高度な専門知識が要求される業務を担当していたことから、債権者平田を削減の対象としたというのである。右事実よりすれば、余剰人員として債権者らを削減対象に選定した債務者の判断には特に不合理な点は認められない。

これに対し、債権者らは、申立ての理由3(一)(3)のとおり、人選の合理性が認められない旨主張する。

しかしながら、前記疎明に係る債務者における経営合理化の経緯よりすれば、債務者は、いまや、企業としての機能を維持保全するのに必要最低限の人員を保有しているにすぎないことが窺われるところ、一層の人員削減の必要に迫られ、各部門につき子細に不要業務の見直しを行い、その結果、債権者らが所属していた各部門が縮小・廃止の対象となったものであるから、右経緯よりして人員削減対象者の選定の基準が債務者にとっての必要性及び効率にあることは自ずと明らかであって、右基準が明示されていないことをもって、直ちに雇用契約上の信義則に反するものということはできない。

この点につき、債権者平田は、陳述者(〈証拠略〉)において、自分にはプログラム開発の能力がある旨陳述しているが、その当否はさておき、本件解雇当時、債務者の経理部情報システム・データ管理グループにおいて、プログラム開発業務を担当していたのが債権者平田以外の二名の正社員であったのであるから、債務者がより高度な業務を担当していた者を残留させ、縮小ないし廃止する業務を担当していた同債権者を削減対象者に選定したことに格別不合理な点は見い出し難い。

したがって、人選の合理性が認められない旨の債権者らの主張は採用することができない。

(三) 解雇回避するための努力について

前記二2のとおり、債務者は債権者らをそれぞれの所属部門において余剰人員と判断した後も、債権者らの配置転換の可能性を模索し、債権者らの能力に対する評価を基礎に、他部門への配置転換のみならず、子会社(ナカミチ福島の青森工場)への転籍や外注業務(警備業務及び清掃業務)の社内への取入れをも検討した末、これらがいずれも困難であると判断して債権者らの解雇を決定したのであり、右決定に至る過程に照らすと、本件解雇においては、雇用契約上の信義則により要求される解雇回避のための努力は十分に尽くされたというべきである。

これに対して、債権者らは、申立ての理由3(一)(2)〈1〉ないし〈4〉のとおり解雇回避努力義務を尽くしていない旨主張するので、この点につき付言する。

(1) 右〈1〉(希望退職者募集の不実施)及び〈2〉(各種雇用調整策の不実施)について

確かに、債務者は債権者らが指摘する各雇傭(ママ)調整策を実施していない。

しかしながら、前記のとおり、債務者が従来から大幅な人員削減策を実施しており、いまや、企業としての機能を維持保全するのに最低限度必要な人員を保有しているにすぎないと窺われること、債務者は再建の方向として高度の専門性を持つ技術開発集団を目指し、その結果、債務者の従業員のおよそ六〇パーセントが技術開発部門(その他、およそ二五パーセントが販売・物流部門、およそ一五パーセントが人事・財務・特許等の管理部門)に所属し、年俸制を採用する一方、製品の生産拠点の大部分は海外に移転していることが認められ、右のような債務者の経営実態に照らすと、いわゆるワークシェアリングが解雇回避の措置としてわが国の労使慣行として定着しているとは言い難いことはさておき、労働時間の短縮やワークシェアリング、一時帰休などの雇傭(ママ)調整策が従業員相互の高度の代替性の存在(例えば、比較的単純な機械作業を行う工場労働者など)を前提とするものと考えられるところから、これらが債務者において有効に機能するものとは考えにくい。また、債務者が新規採用者の募集を行っている点については、特別の専門知識や技術を有する者を補充するための募集あるいはコストの安いアルバイト従業員の募集採用にすぎないものと認められ、前記のとおり、債務者が高度な専門知識・技術を有する技術開発者の集団たることを経営方針として最低限度必要な人員を保有するにすぎないことに照らすと、債務者において一般的な希望退職者を募集し、あるいは、特定の採用目的に沿った従業員の新規採用を停止することは、ともに企業としての機能保持のため必要な人材の確保を阻害し、企業としての機能不全をもたらすおそれがあるといえる(債権者らは、企業の機能保持のために必要な人材を確保するためには、有利な雇用条件を提示すればよい旨主張するが、現在の債務者の経営状態を考慮すれば、右主張は無理難題といわざるを得ない。)。

したがって、債務者が債権者ら指摘に係る前記の各雇傭(ママ)調整策を実施することを、本件解雇を回避のために必要不可欠なものとして要求することは、適当でないというべきである。

(2) 右〈3〉(派遣社員の雇止め)について

(証拠略)によると、平成九年一二月一日から平成一〇年一一月三〇日までの一年間における債権者小山についての人件費負担額は六一四万九六四〇円、債権者平田についての人件費負担額は七三四万一六七四円であり、他方、債務者に在籍している派遣社員一人当たりの年間人件費負担額は四一〇万一三〇〇円であることが一応認められ、派遣社員二名を削減した上、その欠員を債権者らで充当するとなれば、債務者に五〇〇万円を上回る追加的な経費負担を強いることになるから、債務者の現在の経営状況に照らすと、本件解雇の回避措置として、債権者らを解雇する前に、派遣社員の雇い止めを要求することは適当でないというべきである。

これに対し、債権者らは、債務者の全従業員について均等額による賃金カットを実施すれば右の追加的経費負担をすることは可能である旨提案しているようであるが、前記疎明事実のとおり、債務者においては、既に全従業員を対象として年俸制度が導入され、それぞれの能力・実績等に応じた給与が支払われていることに鑑みると、右の提案は現実的なものとはいえず、このことは、債権者らにおいても右提案の実現のための施策を講じておらず、債務者の従業員からも呼応する動きが窺われないことからも明らかである。

(3) 右〈4〉(債権者の配置転換の不実施)について

本件各疎明資料及び審尋の全趣旨によると、債権者平田が技術者としての一定程度の知識・素養を有していることは一応認められるが、債務者の技術開発部門において高度な専門性が要求されることや、債権者平田の年齢及び経歴を考慮すると、何らかの研修等を実施したとしても、容易に債権者平田を他部署に配置転換することができるとは認め難い上、債務者の現在の経営状態に鑑みると、右の研修等の費用を債務者の負担とすることは適当でないというべきである。

(4) 以上を要するに、使用者が労働者を整理解雇するに当たっては、当該解雇を回避するための努力が十分に尽くされなければならないとはいえ、労働時間の短縮、新規採用停止、希望退職者の募集、派遣社員等の人員削減、従業員に対する再研修等の措置が常に必要不可欠な解雇回避措置として求められるものではなく、いかなる措置が講じられるべきかについては、企業規模、経営状態、従業員構成等に照らし、個別具体的に検討されるべきものと解されるところ、債権者らが指摘する各解雇回避措置は、いずれも、本件解雇を回避するための措置としては不適当であるか、あるいは現実性に欠けるものといわざるを得ないから、債務者が本件解雇を回避するための努力を十分に尽くしたとはいえない旨の債権者らの主張を採用することはできない。

(四) 解雇に至るまでの手続の妥当性について

前記疎明に係る解雇に至る経緯よりすれば、債務者は、各債権者ら、及び、債権者らが東京西部一般労組に加入した後は、右労組に対しても、数回にわたり、債務者の経営状況、債権者らが従事する業務の縮小・廃止の必要性や経緯を説明した上、債権者らの能力に対する評価及び配置転換することができない理由を具体的に明らかにしており、さらには、債務者と右労組の交渉が決裂した後、債権者らに対し、会社都合の退職金に月額給与の六か月分の加算金を上積みした金員を支払うとの条件の下に、再度退職勧奨を行った上で本件解雇に至っているのであり、右の手続は雇用契約上の信義則に照らして相当であると認められる。

(五) 以上の検討に加え、債権者小山については、債務者が平成四年に希望退職者を募集した際、債権者小山に対しても退職勧奨を行ったが、債権者小山の懇願により、守衛業務への配置転換を条件として、その後も引き続き債権者小山を雇用することとなったという経緯が疎明され、前記二2(二)(2)のとおり、本件解雇に先立ち、債務者が出人(ママ)りの警備業者及び清掃業者に対して債権者小山の採用を打診したことなどを併せ考慮すると、本件解雇が、雇傭(ママ)契約上の信義則に照らして解雇権の濫用に該当するものと断ずることはできない。

2  不当労働行為の主張について

前記認定の事実経過よりすれば、債務者は、前記説示のとおり、債権者らを解雇する必要性があり、債権者小山に対しては平成一〇年六月三日、債権者平田に対しては同月一九日に既に退職勧奨を実施しているところ、東京西部一般労組ナカミチ分会が結成されたのは、その約五か月後の同年一一月二五日のことであることよりすれば、本件解雇が組合活動を妨害し、組合を弱体化するために行われたものであると認めることはできない。

三  結論

以上の次第で、本件解雇が無効である旨の債権者らの主張はいずれも理由がないから、その余の点を判断するまでもなく、本件仮処分申立ては、被保全権利の存在について疎明がないことに帰するから、これをいずれも却下することとし、申立費用について民事保全法七条、民事訴訟法六一条、六五条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 畔栁正義 裁判官 中山節子 裁判官 佐藤英彦)

債権目録

一 債権者平田光男

一月当たりの賃金額金四〇万一二九九三円

(平成一〇年九月、一〇月、一一月の賃金額の平均)

二 債権者小山忠秀

一月当たりの賃金額金三三万一六五〇円

(平成一〇年九月、一〇月の賃金額の平均)

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